若さゆえに

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無理だって。
自分で修理なんて絶対無理だって。
素直にショップに持って行った方がイイと思うよ。

クランクの焼きついた2ストから圧縮の抜けたゼファーからシートレールの曲がったセローから折れた出刃包丁からPCの電源から....
結構色々と自分でどうにか修理して来たのだけども、だからと言って何でもかんでも自分でどうにでも出来る訳では無い。
エアコンとか、室町時代の掛け軸とか、抜け毛ハゲしいお父さんの頭とか、離婚間近の熟年夫婦関係とか、直せない物は沢山有る。
ただの民間人が何でもかんでも出来る訳は無い。
人はそんなに便利に成らないのだから。

板金修理。
要するに凹んだ車のボディ修正。
板金屋にとっては日常の簡単な仕事だろうけど、道具と技術を持ち合わせて無い民間人に取っては非常に敷居の高い修理。
悪い事は言わないから素人は手を出さない方が良い領域だろう。
ロクな事無い。

無理だって。
自分で修理なんて絶対無理だって。
素直にショップに持って行った方がイイと思うよ。

そんな周囲の真っ当な声に抗い、果敢にも板金修理に挑む男が居る。
男の中の男が。

だが幸いなのは、対象はポルシェでもレクサスでも無く、ましてやパテやサフェーサーさえ使えないデロリアンでは無い事。
Zだと言う事だ。
それもカワサキのZ。
要するにZ1000のガソリンタンクだ。

車のボディの板金修理に比べたら、バイクのタンク修理なんて難易度は随分低いとは思う。
最悪新品に交換したとしても、7万円程で済む話。
フェラーリのフロント周りを自分で板金修理する事考えたら気持ちの上では随分と敷居は低い。
確かにフェラーリに比べりゃ敷居は低いが、それでもやめた方がイイと思う気持ちに変わりは無い。
少なくとも私は遠慮申し上げたい。

愛だよ、愛。
Z1000に注ぎ込む愛ゆえだよ。

Z1000をこよなく愛す若者は、Z1000に対する愛、それ故に若者は茨の道を進もうとする。
ひっくりかえして凹ませたタンク修理と言う茨の道を。
単に貧乏なだけだろ?
なんて事は言わせない、言わせやしない。

若さとは振り向かない事。
愛とは躊躇わない事。

シェイクスピアだったかトルストイだったか宇宙刑事だったかの言葉。
その言葉に衝き動かされ、若者はタンクの凹んだ箇所に熔接したピンを引っ張った。
知り合いのジムカーナ野郎から借りてきた板金セットのピンウェルダーで熔接したピンを引っ張った。
スライディングハンマーでシャッコンシャッコンと。
決して躊躇わない。
若者に、躊躇うなんて言葉は無い。

凹みを引っ張ったらピンを削り取り、今度はハンマーで叩いて形を整え、ポリパテ→ラッカーパテ→ハイビルドプラサフで仕上げて研ぎ出したら完成。
伸びた鉄板には絞りハンマーで縮めてやろう。

と、一応のルーティングは知ってるけど、知ってるのと出来るのとではまた随分違った話だ。
そうそう簡単に出来たら板金屋は苦労しないのだから。

でも、初めてやった割には意外と綺麗に引っ張り出されたタンクの凹み。

おお、中々やるじゃないか。

私は、意外と出来る子の若者の起用さに少なからずの賛辞を送りつつ、これからが本番なハンマーで叩いて修正を見守るのだった。

修正してやる!!!

若者は板金ハンマーを叩き下ろした。
正確には、小さいハンマーでコッツンコッツンと叩き始めた。

少しずつ修正されていくタンクの凹み。
もうちょっと?
もうイイかな?
慎重に慎重を重ね、少しずつ叩いて修正されていくタンク。
叩きすぎて大きく凹むなんて、愉快な展開なんて起こらない。
躊躇無くスライディングハンマーを使った若者だが、実は意外と慎重派でも有るこの若者はそんなネタ臭いヘマは犯さない。

『よし、もうイイだろう』

若者はハンマーを持つ手を止め、ナイロンディスクで表面を研磨した後にポリエステルパテを盛った。

『ん、中々にイイ感じ』

若者は自画自賛しながら、硬化したポリエステルパテを研磨し始めた。
粗い耐水ペーパーと研磨ブロックを片手にシャッコシャッコと。

手を止めた若者は、静かに涙を流しながら呟いた。

『しまった.....引っ張りすぎた....』

凹みはポリパテで修正出来る。
勿論パテの使用量は少ないに越した事無いのだが、ハンマーだけで完璧な面を出すのはそう出来る話では無いので、ポリパテを盛るのは必然で有り当然では有る。

でも、鉄板が出っ張ってる所は困るよね。
サンドペーパーでタンクの鉄板を削って面を修正する訳にも行かないので叩いて修正しなきゃならん訳だ。
もう一回パテを剥がして。

若者は涙した。
静かに涙した。
また叩かねば成らない現実の前に涙した。
また修正せねばならない現実に静かに涙した。

これが若さか。

私は刻の涙を見たような気がした。

MOTOR CYCLE

Posted by tommy