ホイールベアリング交換流儀

ホイールベアリングの交換に関しては、旧来よりそのお作法は幾つか存在する。

 

1.ディスタンスカラーとベアリングはすき間を作る

ベアリングの穴に指を突っ込んでディスタンスカラーをカタカタ言わせたるぞと、往年の岡八郎のようなお作法。
ベアリングに指突っ込んで回したり、アクスルシャフトを通して手で持ちながら空転させてみたらこの方法は確かに軽快に回転してくれるのだが、実際にバイクに組む場合は少々の問題が有る。
それは、アクスルシャフトを締めると、ベアリングの内輪が内側へと押されてしまうって問題。

通常、アクスルシャフトを締め付けると約3tの圧力が加わるとされるので、ベアリングとディスタンスカラーとの間にすき間が有るとその分変形してしまうので少々具合が悪い。
つまり、外輪は固定されてるのに、ディスタンスカラーとベアリングにすき間が有る分だけ、ベアリングの内輪が内側へと押されるって事だ。
ラジアルボールベアリングは、外輪と内輪の中心とボールとがセンターに揃っている事が重要なので、ここが歪んでしまうと具合が悪いのだ。
サンデーメカニック界隈では良く見られる流儀だが、基本的にはあんまりお勧めはしない。

 

2.ディスタンスカラーとベアリングとがピッタリと接触するまで打ち込む

丁度良い塩梅とも言えるのがこれ。
ベアリングの穴に指を突っ込んでディスタンスカラーを指でカタカタ言わせようとしても、しっかりと保持されてるのでカタカタする事は無い。
ベアリングに指を入れて回すと、隙間が有った時程には軽くはないが、特に気になる引っかかり等は無くスムーズに回る。
一般的にはコレがベストとしている人が多いんじゃないかと思う。
だから迷ったらコレで良いと思うけれども、丁度接触するくらい、ってのはこれが意外と難しい。
ベアリングを打ち込み過ぎたからと、新品ベアリングの内輪を引っ掛けて引っ張るのは愚策なので、ちょっとずつ様子見ながら打ち込むのが吉だろう。

 

3.ディスタンスカラーがベアリングに完全に接触して軽く押してる状態

ベアリングを叩いていると音が変わるのだが、一度目の音の変化はベアリングとディスタンスカラーとの接触を意味し、二度目の音の変化は完全にディスタンスカラーを押してる状態を意味する。
両方のベアリングはディスタンスカラーを挟んで押し合ってる状態で、指を入れて内輪を回そうとしても少し硬くて回しにくく成る。
嗚呼やりすぎたよ、こりゃ失敗だよ、と、嘆くのはちょっと待って欲しい。
実はこの状態をヨシとする場合もちゃんと存在する。

例えばディスタンスカラーが社外製マグホイールのように軽量なアルミ製だった場合。
アクスルシャフトをバイクに組む時にディスタンスカラーが圧縮方向に歪む事が有るので、予め若干強めに圧入しておくお作法は存在する。
締め付けた際にディスタンスカラーが歪む事を見越して、予め若干強めに圧入しておく訳だ。

普通のバイクのゴツい鉄製肉厚スペーサーは、余程のクソ力でアクスルを締めない限り歪む事なんて考える必要は無いのだけども、高性能パーツで有るほどに各部はデリケートに成るので、考え方もそれに合わせて少し変える必要が有る。
このディスタンスカラーの歪みを計算してほんの少し強めにベアリングを入れておくと、ベアリングの内輪はほんの少しだけ外側へ押し出される形と成る。
ほんの少し。
その状態のホイールをバイクに組付けた際、ベアリングの外輪と内輪とボールとが一直線に並ぶって寸法。
指でベアリングを回そうと思ってもちょい重いので多くの人は失敗したと判断してしまうのだが、でも実は意外とそうでも無かったりもするのだ。
そんな流儀もちゃんと存在する。
ただこの辺のさじ加減は中々に難しいので、通常はディスタンスカラーでさえデリケートな作りの高級ホイールには圧力計の付いた油圧プレスを使うのがより正しいお作法と成る。
高級マグホイール相手に則巻千兵衛博士のようにトンカチでシバくのはあんまりお勧めはしない。

 

バイクのホイールの組付けは、左右のホイールスペーサーがベアリングの内輪を両サイドから挟む形と成る。
従って、ディスタンスカラーに十分な強度の有る普通のバイクならディスタンスカラーとベアリングとがピッタリと接触するまで打ち込む、一部のスーパースポーツや社外品のマグホイールなんかのディスタンスカラーの強度が心許ない場合は、さらにほんのちょっとだけ打ち込んでディスタンスカラーがベアリングに完全に接触して軽く押してる状態が良いのでは無いかと思う。
何にせよ、ガタが有るのはダメだ。
それが私の結論。
あなたはお好きな流儀でやって頂けたら結構だよ。
私には、あなたの流儀を縛る権利は無いのだから。

 

ぶっちゃけた所、ディスタンスカラーがコンマ数ミリ程度のガタが有っても、全く無くても、反対側のベアリングをちょい押す程度でも、実際の所それで不具合が出るか否かは、中々に明言し難い。
ただ一つ、ソケットのコマを使って打ち込むのはちょっとお勧めできかねる作業方法だ、と言う事は言える。
ちなみに私がベアリングの打ち込みに使ってるのがコレ↓

ただの鉄の棒。

今回のベアリングは外径35mmの6202なので、外径34mmの鉄棒を使う。
セローとモトクロッサーは割とマメに整備する為、そのベアリングに合わせて鉄の丸棒を何本か切削したり、或いは規格品を単にカットしただけで作ってるうちの一本。
ちょっとお洒落にローレットを入れようと思ったけれど、玩具の旋盤に無理させたらきっと後悔するのでやめておいた。
本来なら真ん中に穴を空けて両サイドからボルトを通してアクスルシャフトの指定トルクで締める方法が良いのかな、とか思うけれど、まぁまぁ面倒なのでコレでイイやって感じ。

完全剛体とは言わないまでも、流石は鉄の塊なだけ有ってかなり力が入るので、小型の石頭ハンマーを使えば簡単にベアリングを打ち込める。

 

一般的なベアリングインストーラーを使っても良いのだけど、市販のベアリングインストーラーには幾つか注意したい点が有る。
一つが材質。

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このタイプの3000円程で売っているアルミ製のベアリングインストーラーは、耐久性に難が有るのが大きな問題だ。
我々民間人が一生に一度使う程度なら大した事は無いのだが、モトクロスや林道ごっこをやってる人の場合はホイールベアリングの交換は一生に一度では済まないので、アルミ製のベアリングインストーラーは程なくヘタってしまう。
通常は自分のバイクしか整備しないので、必然的に使うコマは集中する。
その為、特定のコマばっかりが消耗して行くのが困った話だ。

一時期、セローを3~5台程、それも日常的にかなり粗雑な扱いをされるセローを整備してた時期が有ったので、使用頻度を考えたらアルミ製ではちょっと心許なかったのだ。
歪んだ心はともかく、歪んだ道具ではベアリングを真っすぐ入れるのは難しいのでちょっとした問題と成る。

持ってれば色々と対応出来るのでこのセットを一つ持っておく事はお勧めしたいけれども、私のように同じバイクをず~~~っと乗り続けて、ホイールベアリングを頻繁に交換するようなもの好きな人の場合は、その車種専用に鉄のインストーラーを追加しておくのが良いかと思う。
上に載せた鉄の棒なんて、きっと日本と言う国家が消滅するだろう遠い未来まで残り続けるだろう。
錆びさえ気を付けてれば。

でも、有るのと無いのとじゃ全然違うので、最初の一歩としては十分にアリだ。
色々なバイクをちょこちょこ触る機会が有る人ならこのセットを一個買っておくのがお勧め。

ちなみに鉄の棒は、MonotaRoでもヤフオクでも売ってるし、ネットショップでも売ってる。
使用するベアリングの外周の1mm小さい直径の鉄棒が有ればラッキー。
10cm程度にカットして貰えばそれで万事解決だ。
もしジャストサイズの棒が無ければ、旋盤で切削するか、誰かに依頼するか、或いはサンドペーパーで削るか、好きなように。
古代人は水晶髑髏だって手で削ったんだから、サンドペーパーが有れば鉄棒なんて削れるさ。

 

もう一つの注意点が、ベアリングの外周だけを押すタイプのベアリングインストーラーはホイールベアリングにはあんまり良くないよねって点。

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この僕らのストレート製のベアリングインストーラーは安心の鉄製で有り、外周だけを押せるタイプと全面を押せるタイプのリバーシブルとして使える優れもの。
それで1万円なのだから、流石は僕らのストレートだ。

ケースに入れるにはベアリングの外輪、シャフトに入れるには内輪に圧力を加えるのは基本なのだが、ホイールベアリングの場合は前述したようにディスタンスカラーが入るので、外輪だけに力を加えたら内輪側がディスタンスカラーによって押し返される事と成る。
内輪と外輪を同時に圧力を加えてやれば、内輪だけが押し返される事は無いので安心だ。

オルタネーターのハウジング等なら問題は無いのだけど、ホイールベアリングの場合はベアリングの外輪と内輪を同時に圧力を加えるのが望ましい。
従って、バイクのホイールベアリングに使うベアリングインストーラーは真っ平な面を使うのが良いと思う。

 

実際の所、ソケットのコマで打ち込んでも、外したベアリングを当ててハンマーで叩き込んでも、それでどうこうって話でも無い。
内輪さえ叩かなければホイールベアリングなんぞどうって事は無いんだけどね。
それでもやっぱりバイクのホイールベアリングにはホイールベアリングに合った正しい流儀やお作法は存在するんだよって、そんな長いお話にお付き合い頂いて有難う。
ではまた。

MOTOR CYCLE

Posted by tommy