二輪噺

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ロン・ハスラムはまだ戦えそうな気がする

   

 

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ロン・ハスラム

1977年にデビュー。1979年鈴鹿8時間耐久ロードレースで2位を獲得。1983年から1990年まで500ccクラスに参戦した。常に抜群のスタートダッシュを決めるため、「ロケット・ロン」と呼ばれていた。8年間に61回のトップテン入りを果たし、9回表彰台に立っている。マシン開発能力にも長けており、1986年から1988年には『ELFプロジェクト』でライダーを務めた。1987年にはNSR500のエンジンを搭載したELF4にシーズン当初から乗る予定であったがエンジンが間に合わず、シーズン半ばまで通常のNSR500で戦ったが、2回の3位表彰台を筆頭にポイントを重ね、ワイン・ガードナー、ランディ・マモラ、エディ・ローソンに次ぐ自身のキャリアで最上位となるランキング4位に輝いた。この他にマン島で行われる公道レースの『マン島TTレース』でも勝者となった。

1993年現役引退。現在は『The Honda Ron Haslam Racing Academy』を営む。

長く濃いもみあげと胸毛がトレードマークだった。なお、押し掛け時代はバイクを右から押す変わった始動方法をとっていたため非常に目立っていた。

息子のレオン・ハスラムもライダーであり、現在はスーパーバイク世界選手権(SBK)で活躍している。

ウイキペディア博士にお尋ねした所こんなプロフィールの人。
ちなみに息子のレオンは、ちょい前からBSBに戦いの場を移しているので誰か更新してあげて欲しい。

 

 

 

ロケット・ロンのロケットスタート。

大体はスタート~1周目がピークで、後は後方集団に生き埋めにされてしまうレース展開が常なイメージは有るけれど、博士の記録によると3位フィニッシュのレースも一杯有ったみたい。
残念ながらGPでの勝利は無かったけれど。
それでも、古くはヘイルウッドやフィル・リード、後のバリー・シーン等に続く伝統のブリティッシュライダーの一人。
現在で言えば、クラッチローにスミス氏にレディングに受け継がれる伝統のブリティッシュライダー。
SBKではブリテン勢が無敵の強さを誇ってるけれど、GPではスペイン勢に圧され気味な現状。
だけど、今後は...そりゃどうだろう??
ん~~~どうだろう??

 

 

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ちなみに現在のロン・ハスラムさん。
趣味のバイクと飛行機に塗れつつ楽しくやってるみたい。

↑の飛行機は、Renegade(レネゲード)と言う名の複葉機。
パーツを幾つか自作して、BMWのGS1200のエンジンを自分で乗せ替えたらしい。
流石は裏庭エンジニアの国。
飛行機のエンジン載せ替えくらいやってのける。

 

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ロン・ハスラムレーシングスクールのお陰か、お孫さんが居るとは思えないグッドシェイプな体型を維持してるロンさん。
とてもスペンサーやバリー・シーンやルッキネリと同世代で走ってた人とは思えない。
ガードナーやケニーロバーツ(G)は軒並み定年間近の保安官みたいに成ってるってのに、この若々しさはかなり驚異的だ。

ちなみに上に載せた動画、1983年のWGP。
まだコースサイドには藁が積まれ、アスパー=ホルヘ・マルチネスが50ccクラスでデビューして間もない頃の話。
まぁともかくえらい昔の話。
ロン・ハスラムが走ってた頃って。
日本の某漫画家のごとく、この人も年を取らない種族なのかも知れない。

 

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ロンさんはまだまだ戦えそうだ。
少なくと見た目は、この2017年度のBSBチャンピオンよりも。
同郷の偉大なBSB絶対王者と比べても、少なくとも見た目ならばまだまだ戦えそうだ。

 

 



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