つまる所、運次第

 

彼はこんな道路を走っていた。
何処にでも有る、こんな片側二車線の道路を。

彼の名はトオル。
職業はルート営業。
ルートのトオルの二つ名を持つ、日々トンカチを売り歩いてる、トンカチ会社に勤める普通のサラリーマン。
この日も、取引先へとトンカチの納品へ出向いていた。
主力製品のミョルニル(トンカチ)納品の為、何時ものようにハイウエイ最強トヨタプロボックス=愛称タングリスニル号を走らせていた。

 

『ラッキー』

ルートのトオルがそう思ったのは、対向車線の大渋滞を見ての事。
道路工事の為、ピクリとも動かない大渋滞の対向車線を見ての事。

本来、いつものルートでは、この激しくも荒々しい大渋滞にハマっていた筈。
だがこの日は、ちょっとした予定変更で何時もとは少し違うルートに変更されたので、運良くこの激しい渋滞に巻き込まれる事も無かったのだ。
ルートのトオル、快心のルート選択。
ルートのトオル、その二つ名は伊達じゃ無い。

 

時速50km。
制限速度ぴったりの順調な流れに身を任せながら走るタングリスニル。
ハイウエイは勿論この片側二車線の一般道でも無敵の速さを誇る頼もしいルートのトオルの相棒。
350kgものミョルニル(トンカチ)を積んでも苦も無く走ってくれる。
流石はタングリスニル。
ハイウエイ最速、その二つ名は伊達じゃ無い。

 

すぐ先の右折に備え、右側車線へと車線変更を行う、ルートのトオル、そして愛機のタングリスニル。

だが次の瞬間、ルートのトオルはわが目を疑った。
それは自転車。
まさかのママチャリが、大渋滞してる対向車線の車と車の間から急に飛び出してきたのだ。
電信柱の影からお笑い芸人が登場するのは、ニコラ・テスラは偉い人な事と同じくそんなの世界の常識だが、まさか車と車の間からパッパパラリラと自転車が飛び出してくるとは。
流石に雷の神でも、そしてタングリスニルで有ろうとそれを回避する事は不可能だ。

ハイウエイ最速、この片側二車線の一般道でも無敵の速さを誇るタングリスニルは、その強靭な蹄でママチャリを踏み潰した。
時速50kmで走るタングリスニルの1m手前で愚かにも飛び出してきたママチャリは、成す術も無くただただ踏み潰されるのだった。
買ったばかりのタマゴと共に、無残にも踏み砕かれるのだった。
フルングニルの砥石のように。

 

 

事故ったのがトンカチ屋のトオルなのかどうなのかは別として、随分前に実際に私の周囲で起こった話。
渋滞の列の間から、無造作に飛び出してきた自転車を踏み潰した事故。
ママチャリが粉砕され、プロボックスのフロント周りが壊れた程度で済んだのは不幸中の幸いだったと思う。
ネコのウNコを踏んだと思ったら犬のウNコだった、くらいな感じだけど。
確かに何食ってるか解らない野良ネコのウNコよりは、ドッグフード食べてる飼い犬のウNコの方がまだいくらかはマシだけど、どっちにしても不幸な事に違いは無い。

 

横断歩道も無い所で、車の陰から急に飛び出してきた自転車との事故。

これについてとやかくあーだのこーだの語れる程の知識は持ってないのだけど、ただ言える事は、事故を起こすとそりゃもう大変だって事。
その場で停止して、警察に連絡して、会社と保険会社に連絡して....
さらには検分や聴取も有ったり、場合によっては逮捕なんて事も有りえる。
下手したら拘留から実刑を食らう事も無いとは言えない。
それが交通事故。
相手側への賠償等々を抜きにしても、そりゃもう大変。
誰が悪いだの、僕はやってないだの言っても仕方無い話。
例え自分に一切の非が無かろうと、事故が起こると大変な事に違いは無い。

食パンくわえた転校生と曲がり角でぶつかる程度ならともかく、流石に自転車を踏み潰したらその場でバイバイって訳には行かない。
110番に連絡して、警察官の到着を待って、あーだこーだと調べを受けなきゃ成らない。
これが、その日の用事は風呂に入ってマクロス7を見るだけの、私のような暇な人間なら別に構わないのだけど、仕事の途中なら大変だ。
弁護士特約使っても、取引先に一緒に謝りに行ってはくれないし、代わりに納品もしてくれなきゃ伝票整理すらもしてくれないので、その辺の後始末もしなきゃならない。
下手したら首がスースーするかもね。

だから十分に気をつけなきゃ成らないのだけど、はっきり言って事故を完全に防ぐ事なんて不可能な訳だ。
2013年ムジェロのバウティスタ巡航ミサイルみたいに、死角から飛んできたら流石に神に最も近い存在の生きる伝説でも避けるのは難しい。
死角から飛んでくるステルスミサイルを回避するのは難しい。

運転の基本は『かも知れない運転』だ。
だから本来は渋滞してる対向車線の車と車の間からママチャリが飛び出してくるかも知れない事を前提としなきゃ成らないのかも知れないが、それはちょっと難しいかも知れない。
50km/hで流れてる道路を、かも知れないかも知れない言いながら15km/hで走る訳には行かないかも知れないからね。
言うのは容易いかも知れないが、実際に行うのはとても難しいかも知れない。

結局、最終的には運なんだろうと思う。
身も蓋も無いけれど。

 

そんな随分昔の話を蒸し返してみたのは、この日、大渋滞にハマった私の車の目の前を横切って対向車線へと出ようとした原付きのおじさんが居たから。
車の目の前を横切るって、その時点で訳解らないんだけど。

自分の走る車線は激しい渋滞。
道幅も狭いので左をすり抜けるのは困難。
でも対向車線は空いてるので、まぁちょっとくらいイエローライン越えてもイイでしょ。
的に、対向車線を逆走するバイクって珍しくない。
50cmくらいのはみ出しならギリオッケーかな?って謎の俺流ルールに則って。

頭おかしいのと違うか?
って、特に聞くまでも無い愚行なんだけど、これがちっとも珍しくない。
別に私の住む兵庫県南部に限った話じゃ無いと思う。
横浜に住んでた頃も、京都に住んでた頃もそんな原付きはゴロゴロ居たので、全然珍しくない光景なんだろうと思う。
流石に中央分離帯のある道でそんな乗り方する人は居ないと思うけれど。
それはアウトローが過ぎるわ。

 

渋滞で止まってる私の車の目の前を横切り、無造作に対向車線へと飛び出す原付きおじさんミサイル。
前方より迫り来るプリウス。
だが原付きおじさんは、一瞥もせずにイエローのセンターラインを超えて対向車線へと飛び出し、何事もなく逆走したミサイルは私の視界から消えた。
急ハンドルでミサイルを回避するプリウスを気にする素振りなんて微塵も見せず。

今回は運、もしくはプリウスのドライバーの反射神経が良かったので難を逃れた原付きおじさん。
きっと今までも、そんな感じに無造作に、特に何も考えずに、周囲に迷惑を振り撒きながら対向車線を逆走しても平気だったんだろうと思う。
そしてこれから先も同じように、そんなパッパラパーな乗り方をするんだろうと思う。
トラックに踏み潰される、そんなバッドエンドなイベントが訪れるその瞬間まで。

 

自分の愚かな行動を省みて改めるか、或いはこの先も永遠に幸運が続く事を祈りたい、ような、まぁどうでもイイような、そんな感じ。

と言う訳で皆様どうかご注意を。
具体的にどう注意しりゃ良いのかと聞かれても、ちょっと答え難い話なんだけどね。

へびの抜け殻でも財布に入れておけばイイんじゃ無いかな。
知らんけど。

MOTOR CYCLE

Posted by tommy