狂おしい程のコンプレックスが私の中でのたうち回る

 

随分前のある日の事。

この日私は、BMWのなんちゃらかんちゃらって車を運転していた。
自分の車じゃないので良く覚えてない。

春頃だったと思う。
車の窓を開けて走れば心地よい、そんな季節。

当時も今も、いまいち乗り慣れない左ハンドルに少々苦闘しつつ、何処だったかの幹線道路。
その渋滞の真っ只中。

横浜に住んでたその当時。
渋滞なんて別に何も珍しくない日常の光景。
私は流れてくるラジオを聴きながら、仕方ないかとハンドルを握ったままボケーっと待っていた。
渋滞の列が動き始めるのをじっと。
イライラしても、ムラムラしても、悶々としても仕方ないのだから。

 

BE MY BABY

ラジオから流れてきたのがコレ。
コンプレックス BY MAY BABY。

これが流れると口ずさまずには居れない。
口を閉じてなんか居られない。
これを黙って聞いてられる人など居やしない。

ビーマイベイベービーマイベイベービーマイベイベービーマイベイベー
ビーマイベイベービーマイベイベービーマイベイベービーマイベイベー

さぁご一緒に。

ビーマイベイベービーマイベイベービーマイベイベービーマイベイベー
ビーマイベイベービーマイベイベービーマイベイベービーマイベイベー

思わず口ずさむビーマイベイベー。
ラジオから流れる声に合わせる様にビーマイベイベー。
隣の車から流れる声に合わせる様にビーマイベイベー。
...隣??

ハ!!
っと、左を見ると、ビーマイベイベーを熱唱するお兄さんの姿。
目と目が合う、私とお兄さん。
そんな二人はビーマイベイベー。
狂おしい程にビーマイベイベー。
あらいやだ。
思わず苦笑のビーマイベイベー。

共に同じラジオを聴いてなかったらこの悲劇は起こらなかっただろう。
互いに右ハンドルならこの悲劇は起こらなかっただろう。
私が左車線で、お兄さんが右車線ならこの悲劇は起こらなかっただろう。
それならきっと、こんなビーマイベイベーな悲劇はビーマイベイベーだったに違いない。

だが現実は無常だ。
左ハンドルの私が右車線で右ハンドルのお兄さんが左車線。
黄色い線を挟んだ隣同士でビーマイベイベー。
悲運と絶望のビーマイベイベー。

早くこの場を立ち去りたい。
早く隣の車と離れたい。
非常に気まずい思いをしながら、早く動かないかとモジモジしながら渋滞路で悶々としてたのだった。
私の中で蠢くコンプレックスに悶えながら。
狂おしい程にのたうち回るコンプレックスにビーマイベイベーしながら。

そんなビーマイベイベーな気持ちが再び目を覚ましたのは、この日私の車の中でコレが流れたからだ。
同乗者のi phoneにペアリングしたカーオーディオから流れて来たのだビーマイベイベー。

ビーマイベイベービーマイベイベービーマイベイベービーマイベイベー
ビーマイベイベービーマイベイベービーマイベイベービーマイベイベー

あれから私は随分と大人に成った。
必要以上に大人に成った。
だからもう車の中で口ずさんだりはしない。
もう若く無いんだから気安くビーマイベーベーなんか口ずさんだりしない。
もうそんなビーマイベイベーな年では無いのだから。
そして、当たり前だが隣の車も口ずさんだりしていない。
私の車の中でしか流れてないんだからそりゃそうだよビーマイベイベー。

もうコンプレックスなんて何処にも存在しない。
もう何処にもコンプレックスなんて存在しない。
助手席に座る同乗者を除いて。

ビーマイベイベービーマイベイベービーマイベイベービーマイベイベー
ビーマイベイベービーマイベイベービーマイベイベービーマイベイベー

私の気持ちも知らず、隣の席で暢気に口ずさむビーマイベイベー。
若さに任せて気安く口ずさむビーマイベイベー。
お陰でまたしても、あの日の横浜から何年もの時を超え、私の中でまたもや蠢きだしたのだ。
私の中でコンプレックスがのたうち回りだしたのだ。
狂おしい程にビーマイベイベーが。

ビーマイベイベービーマイベイベービーマイベイベービーマイベイベー
ビーマイベイベービーマイベイベービーマイベイベービーマイベイベー

寝るときに目を瞑ったら、吉川晃司が出てきそうでちょっと不安なビーマイベイベー。

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