二輪噺

奥様ライダーズ小話ブログ

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ペドロサは病院に行き着いた

   

 

以前にも書いた事は有るけれど、私の特技の一つに速読が有る。
特技だぞ!って口尖がらせて自慢できるレベルでは無いんだけど、少なくともケント・デリカットのモノマネよりはまだ特技と言えようかと思う。
世間に公表できる特技だろうと思う。
まぁ、世間に公表できない特技も有るんだけどね。
ふふふ。

 

あ、ちなみに速読と言っても、お札数えてるベテラン銀行マンみたいな速度ではなく、通常の3倍程度のスピード。
流石にパラパラ漫画みたいな速度では読めない。
それが出来たらもうちょっと自慢してると思うな。
誰に自慢するのかってはともかく。

 

何の場合にも良い面も有れば悪い面もあるのだが、速読にも良い面も悪い面も有る。

良い面、メリットはそれは勿論大量の本を読める事。
通常の3倍のスピードで本が読めたら、通常の3倍のページ数読める。
物理的にはね。

結構な集中力が必要なのでそんな上手い事は行かないのだけど、それでも通学や通勤の電車の中で文庫本1冊読むくらいは造作も無い。

この特技が一番役に立ったのはテストだったろうと思う。
特に暗記がモノを言うカテゴリーの試験なら、短期記憶の消えないギリギリの時間に一気に試験範囲を丸暗記する事も不可能では無いのだ。

暗記テストはテスト開始直前の速読詰め込みで乗り切り、暗記以外のテストにリソースを振り分ける事でどうにかやってたのが私の学生時代。
1時間後には殆ど忘却してるので学問としてはそれは間違った方法なのだろうけども、大塩平八郎が何年に乱を起こそうが私の人生に大した影響は無いので、まぁイイかと思う。
ほんの一時期塾講師してた人間としては、大きな声では言えない話なのだけど。

 

 

短い時間により沢山の本を読める、と言うメリットは有るが、逆に一冊の本があっと言う間に読みってしまうって難点も有る。
青空文庫や図書館で借りた本やキンドル等の読み放題なら構わないのだけど、結構な金額で買った本をあっと言う間に読み切ったら、なんかとても勿体無い気に成ってしまう。

だから最初はゆっくりと噛み締めるようにページをめくってるのだが、気づいたら加速装置が起動してて3倍速くらいで読んでる自分にハっとしてしまう。
お陰でちょい豪華なランチが食べれるお値段の本を、コーヒー飲んでる間に消費してしまう憂き目に。
貧乏性と言われれば言い返す言葉は無い。

 

また、読むのが速い人間は書く文章が長ったらしく成る、と言う副作用も有る。
このブログをご覧の方は重々承知頂いてる事だろうと思う。
長いよね。
やたらめったらココの文章は長いよね。
ごめんなさいね。

 

それを最初に気づいたのは、中学生くらいの事。
原稿用紙○○枚、って課題の作文が、日に日に収まらなく成ったのを実感したのが女子中学生の頃の事だった。
スクール水着に収まらなくなってきた第二次性徴のごとく、私の作文は原稿用紙に収まらなく成ってきたのだ。
やだ、全然収まらないわ...って。

どんなに長々してても本人は一瞬で読めるのがその原因。
原稿用紙5枚に渡る壮大な遠足の思い出でも、書いてる本人からしたらペラペラペラって読みきれるので苦じゃないのがその理由。

ただ、通常の速度しか持たない通常の人からしたら、長い文章なんて苦行以外の何物でも無い。
中学生の長ったらしい駄文を読まされる先生からしたらただの嫌がらせだ。
それ以降、如何に削るかが私の作文の課題だったのだ。
苦労した事を良く覚えてる。

ちなみに今もそれなりに苦労して削ろうとは思ってるのだよ。
削れてるかどうかは...まぁアレだけど。

 

 

文章力を着けるには多くの本を読む事だ
等と言われる事が有る。

 

多くの本を読んだからとそれで気の効いた文章が書けるか?ってのは別だけど、多くの文章や多くの発言に触れるのは大きな意味は有ろうかと思う。
多くの人達による多くの文章形態や言い回しに触れる事は、きっと意味の有る事だろうと思う。

それが小説を書く人で有ろうと、会社の企画書やビジネスメールを書く場面で有ろうと、ネッチネチしたブログしか書く用事の無い人で有ろうとも。

 

 

普段、ネッチネチしたブログしか書く用事の無い私だが、書籍に限らず多くの文章を毎日読んでいる。
新聞は取ってないけれど、書籍に限らずニュースサイトから学術論文から雑誌から魔法少女...魔法少女は無いけれど、ともかく多くの文章に毎日目を通している。
それが有意義に反映されてるかどうかの判断はお任せするけれど、ともかく毎日やたらめったら文章を読んでいる。

すると、時にキラリと輝く一節に出会う事が有る。
こんな素晴らしい表現に。

 

“It was a race incident for me in Argentina, it wasn't for Marc with Vale, but Zarco and me, yes... I highside because I pull up the bike, after Zarco's mistake I try to give space, and finally end up in the hospital.
https://www.motorsport.com/motogp/news/pedrosa-wants-more-respect-from-race-direction-1034469/?s=1

最近、私が感動した一節がコレ。
ヘレスを終えたペドロサのコメント。

 

motorsport.comの記事なので、公式日本語版が無料で公開されている。
その翻訳がこちら。

「アルゼンチンでの件は、レーシングインシデントだった。マルクとバレ(ロッシの愛称)にとってはそうではなかったけど、ザルコと僕にとってはインシデントだ。バイクを起こした時にハイサイドになってしまった。ザルコがミスをした後、僕はスペースを残そうとしたのだけど、最終的には病院に行き着いた」
https://jp.motorsport.com/motogp/news/SpanishGP-DaniPedrosa-RepsolHonda-1035049/?r=192084&em=1

 

デビューは2001年。
今よりももっと小さい頃から、ロリス・バズさんの片手に乗りそうな小さな頃から、中本修平さんの鼻の穴に入りそうな小さな頃からGPを走るベテランライダー。
2001年と言えば、まだルーチョ・チェッキネロが現役で走り、GP250では大ちゃんと原田哲也がタイトル争いしてた頃。
随分昔の話だ。
と言っても、その年の最高峰クラスの王者はロッシさんなので、やっぱこの人は凄い人だと思うね。
そりゃ地球一周もするわ。

 

ともかく、小さかったペドロも今や立派な眉毛のおじさんに。
そこらのガキッチョライダーには言えない気の効いたキラリと輝くコメントは、そんなベテランの成せる業なんだろうね。
マルケスにはちょっと言えないコメントだ。

 

これからも、こんな秀逸な表現に出会えるように文章を猛スピードで読み漁ろうと思う。
このブログが短くなるかどうかは解らないけれど。
そして、デスマッチレスラーのように満身創痍のペドロさんはもう病院には行き着かない事を祈るばかりだ。

 

 



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