メランドリ、引退するってさ

おしゃれメガネさん、マルコ・メランドリが遂に引退を発表。

GPフル参戦は1998年。
デビューイヤーでGP125クラスランキング3位。
翌年はランキング2位。
坂田和人さんを筆頭に、軽量級にはジャパンパワーが炸裂してた時代の事。

2000年からはGP250クラスにステップアップ。
初年度ランキング5位、2年目3位、そして3年目の2002年に念願のGP250タイトルを獲得する。

そんな順風満帆なグランプリ人生を歩んだメランドリが選んだのは、よりにもよってヤマハからのGP500参戦。
ロッシ様ご加入前の暗黒期のヤマハ。
スーパーのバックヤードみたいな所で試合してたあの頃の新日本プロレスよりもさらに暗黒な時代。
それでも最高成績5位と、才能の片鱗を垣間見せたが当時のヤマハじゃスマンかったと言わざるを得ない。

転機はホンダへ移籍した2005年。
サテライトのグレシーニからの参戦にも関わらず、優勝2回を含むランキング2位と素晴らしい成績を挙げる。
チャンピオンのロッシ神とは150ポイント以上も離されてたのでランキング争いには話に成らなかったけれど、それでも文句なしのランキング2位。
勿論ホンダ勢では勿論トップ成績。

だがそんなメランドリはレプソルホンダ入りは叶わず、レプソルのシートには前年度の250cc王者で有るペドロサが小さなお尻を乗せる事に。

翌年2006年は、ニッキー・ヘイデンの涙の王者獲得の年。
タイトル争いの終盤、最も重要な場面でペドロサによるフレンドリファイヤを受けながらも、最終戦バレンシアでの衝撃展開によりニッキーがタイトルを獲得する。
あのままロッシ神がタイトルを取ってたら、ダニエルアタックをしでかしたペドロさんの首もどうなってたか解らないけれど、まぁ終わり良ければ...って奴で特にお咎め無く、そのまま引退の時までレプソルに小さなお尻を乗せ続ける事と成る。

結局ホンダファクトリーのシートは得られないまま時は流れ、メランドリはドゥカティへと流れていく。
チームは前年度の王者=Ducati Marlboro Team。
これで遂にファクトリーライダーの仲間入りを果たす。

だが、当時はストーナーだけが速かったドゥカティ。
2度の表彰台を獲得したプラマックのエリアスにも水を開けられ、チームメイトのストーナーを尻目にのたうち回る一年を送る。

無情にも1年で首チョンパされたメランドリは、カワサキファクトリーへ移籍する。
心機一転、今度は黄緑に乗って頑張るよ!

そんなコメントを出した直後の年の瀬、カワサキが突然のGP撤退宣言。

メランドリにはスマンかったけどもうGP辞めるわ、やっぱ向いてないし。
ああ、そりゃスマンかったな、スマンスマン。

と、突然のカワサキのGP撤退により、メランドリはいきなり無職に成る。
おいおい、折角黄緑のお洒落メガネも買い揃えたのに!と憤ったかどうかは知らないけれど、ともかくいきなり無職に成ったメランドリ。
でもそりゃ余りに不憫だよと、昨年モデルのZX-RRを提供され、どうにか1年間やっていく事に。

だが、ファクトリー時代でさえアレなカワサキ。
しかもアップデートもされない型遅れのバイクを提供されたとしてもそれで真っ当に戦える訳は無いよね。
なんて評価をすっ飛ばす、フランスでの2位獲得は、奇跡かメランドリの才能の賜物なのか。
ん、メランドリの才能だ。
あれでランキング10位は見事な成績と言える。

その後、再びホンダに移ったがいまいちパっとしないまま不憫なGP生活は終わり、SBKへとその戦いの場を移す。

後編へ続く

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