キルスイッチが切られたままだったので

XR250のスターターペダルを何度キックをしてもエンジンは掛からなかった。

良く見るとキルスイッチはオフだった。

オンにすると何事も無くエンジンは掛かった。

ちょっと疲れた。

 

キックスターターで、ON-OFFタイプのキルスイッチを持つバイクに乗ってる人なら良く有り勝ちなシチュエーション。
そして、この4行で完結する話でも有る。
状況も、原因も、その解決も、そして解決した後の事すらも、この箇条書きで完璧に完結している。

だが、内容は十分に伝わるものの、物語としてはこんな骨格だけでは成り立たない。
生魚を切っただけでも刺身と言えるが、それで金は取れないのと同じ。
つまに始まり、水前寺のりや莫大海。
それらを効果的に飾る事で、刺身としての商品価値が生まれる。
単に生魚を切って皿に乗せただけでは、少なくとも高級料理店の商品には成りえないのだから。

 

文章の書き方を語る書籍では、簡潔に論点を述べよと良く書かれている。
それがビジネス文書ならごもっともなのだが、特にこの世に必要でない文章の場合、本筋に必要でない部分が重要と成る。

個人の書いてるブログなんてのは、何処の誰か知らない人の身に起こった小さな小さな出来事がその内容。
そもそも、本筋自体がこの世には必要が無い。
不必要な箇所を削ると、ぶっちゃけ全て不必要に成ってしまう。
誰が温泉に行こうが、カレー食べようが、そんなのどうでもイイ話なんだから。
要らない所は何処だと尋ねると、そりゃお前の全てだよと無慈悲な答えが返ってくる。

だからこそ逆に、たっぷりと肉を着けてあれこれと飾り立ててやると意外と見栄えも良く成り、何かしらの需要が生まれる可能性も有る。
星飛雄馬のクリスマスパーティー会場のように、華やかに飾りつけてやれば意外な需要も何処かに生まれる可能性も有る。
実際、あのシーンは意外な需要は有るし。

画蛇添足と言うけれど、絵に描いたヘビに足付けたらちょっと可愛いだろう。
タイに足着けたタンノ君みたいに。
だからそれはそれで良い物だよ。
だからたっぷりとお肉を着けるべきだよ。
ビジネス文書でそんな事やってると怒られるだろうけど。

 

だがそれはあくまで民間人の話。
もし書いてるのが、日本を代表するトップアイドルだったり、スポーツ界のスーパースターなり、それ以外にも何かしらの超絶的なステータスを持ってる人なら、わざわざ飾り立てる事無く骨格だけで十分に勝負は出来るだろう。

 

文章にせよ発言にせよ、全ては『誰+何』『Who+What』の計算式によりその価値が決まる。
そしてそれは等価では無く、その比率は、発言者=つまり誰(Who)がより重いウエイトを占める。
誰が発したか、それがとても重要。

ライディングについて、私が理論的に数値を交えながら語るよりも、元世界GP王者が『ギャって寝かせてギュっと曲がってギャギャって加速したったらいいねん』と適当に喋る方がその価値は圧倒的に高い。
何処の誰か知らない人が三日三晩掛かって必死に書いた文章よりも、ホリエモンが10秒で思いついて2分で書いた文章の方が影響力は大きい。
それが現実だ。

 

もしナタリー・ポートマンが

I kicked, but the XR250 engine didn’t start
It was killswitched off
When the switch was turned on, the engine started
I was tired

なんて書けば、Twitterから煙吹くくらいに熱を帯びてしまうだろう。
だが何処の誰か知らないそこらの人が同じ事を書いても、ああそうっすか、で終わってしまう。

もっと言えば

『そうめん食べました、おいしかったです』

書いた人によっては、ただこれだけの文章で、世界から絶賛の嵐を受けることだろう。
私が書いても価値なんて皆無だけど、書いた人のステータスによっては、この一行でノーベル文学賞に匹敵する。
ドナルド・トランプがこんな文章を書いたら、高感度は爆上げするかも知れない。

 

だが、『誰』だけで全てが決まる訳では無く、勿論その発言の中身も重要なのは言うまでも無い。
好き嫌いは別にして、ロレンソが論理的にヤマハとドゥカティの乗り方の違いを詳しく解説するのはさらに価値は高い。
『Who+What』の両方に高い価値が有ると、その発言はもはや最強と成る。
我ら民間人ごときには逆立ちしても抗う事も出来ない、まさに最強と成る。
好き嫌いは別にして。

 

『誰』に一切の価値が無い民間人の場合は、頑張って『何』のステータスを上げるしか手は無い。
『誰』のステータスを上げるのは非常に難しく、またリスクも伴うので大変だ。
今から総理大臣やミリオン歌手を目指すのは不可能だろう。
爆弾魔や通り魔に成って負のステータスを上げるのはまだ簡単だけど、それはそれで人生を終わらてしまうし。
だから頑張って『何』のステータスを上げるのが正しい生き方なんだろうと思う。
その気に成れば、『誰』のステータスを上げる事にも繋がるかも知れないのだから。

 

 

太陽が照りつける夏。
一発、二発、三発。
灼熱の光を一身に浴びながら、山の中の林道で、俺はひたすらにキックをし続けた。

 

XR250。

トレールバイク界の歴史に残る名車。

スペックならWR250Rには適わない。
スタイルならKLX250には適わない。
値段ではジェベル200には到底適わない。

だが、日本の4ストロークトレールバイク界の中心に位置づけられる事に疑う余地は無い。
それがXR250。
世のバイク界の中心のホンダが作る、トレールバイク界の中心。
それがMD30型XR250。
世界のバイクの中心と言っても過言ではない。
否、もはや銀河の中心と言っても言い過ぎでは無い。

 

一発、二発、三発。
灼熱の光を一身に浴びながら、ひたすらにキックをし続けたものの、そのエンジンは一向に目を覚ます気配は無い。

本来ならスターターボタンを押せば済む話だが、全てが完璧な俺のXRの唯一の問題がそこ。
スターターボタンを押してもウンともスンとも言わない事だ。
壊れてる訳では無く、元々付いていない。
バッテリーからセルスターターモーター、ワンウェイクラッチまでもが、このバイクの購入時より撤去されている。
代わりにME08のものと思われるキッスクターターが組み込まれて居る。

これにより、幾らかの車体の軽量化と、フライホイール軽量化による刺激的なピックアップが得られる。
だが、その代償は大きい。
特に炎天下、ただでさえ体力を消耗するダートでの走行では、転倒~エンジンストール後のキックスタートがかなり辛い。
昨今のエンデューロレーサーが軒並みセルスターターが装備されているのも良く解る話だ。

 

四発、五発、六発....
全身から汗を噴出しながら、懸命にキックするが一向にエンジンは目覚めない。

「まいったな....」

真夏の青空を見上げながら、途方に暮れた。
不快指数はレッドゾーン、全身を汗でベットベトにしながら、途方に暮れた。
やっぱセルの付いてたKLXを買っておけば良かったかも。

 

俺は、噴出す汗をぬぐいながら、親戚のガムおじさんが経営するガムシロップ工場でバイトしてたあの夏の事をふと思い出していた。
同じくバイトに来ていたベト子さんは元気だろうか?
何時もベトベトしていたベト子さんは、触るものを皆ベトベトにする、ベトベトハートのベト子さんは、今もガムおじさんと一緒にベトベトしてるのだろうか?
目覚めないXRに困憊し、全身をベトベトさせながら、俺はベトベトしたあの夏の事を思い出していた。

 

滑稽。
21世紀を向かえ、早くも20年程も経とうとしてる今、キックスタート出来ずに途方に暮れる俺は何て滑稽なんだろうかと思う。
大友克洋の世界なら、既に電動モーターのバイクが走り回ってる筈のこの時代。
ターミネーターなら人類とロボットの戦争が既に始まってるこの時代。
だが俺は、何てアナログでローテクノロジーな生き方してるのだろうか。

山の中、全身を汗だくに成りながらキックスターターに悪戦苦闘してる俺は、実はロボットエンジニアでも有る。
ロボットと言っても、二足で歩いたり走ったり踊ったりカバディしたりアメリカンジョークを披露したりは出来ない。
直交、スカラ、多軸、などと言われる、腕だけの、或いは腕すらも無いロボットが俺の領域。
敵と戦ったり、可愛い坊ちゃんお嬢ちゃんの相手するのは難しいが、餃子のパックを右のベルトコンベアから左のベルトコンベアへ素早く移動させるのは得意。
そんなロボットが俺の領域だ。

そのロボットの腕、否、この場合は足だろうか。
足だけロボットをXRに装備しておけば、このキックスタート地獄からも抜け出せれたかも知れない。
ロボットレッグにボタン一つでキックスタートさせていたら、こんな目に遭う事も無かっただろう。
ベトベトすることも無かっただろう。
エンジニアで有りながら、その技術を生かせてない自分の愚かさが恨めしい。
俺は無事に帰れたら、ロボットレッグスターターシステムの開発を誓った。
少しセクシーな足をXRに付けてやろうと。
イメージはやはりここでもタンノ君だ。

勿論、そんな事は微塵も考える事も無く、やっぱセルが付いてるKLXにしときゃよかったかもなと、思いながら、ハーネスが何処へも繋がっていない、押しても何も起こらないセルスターターのボタンへと目を落とした。
キルスイッチと一体化する、セルスターターボタンへふと目を落とした。
その瞬間、俺は安堵と共に全身の力が抜けるのを感じた。
気絶した。

 

 

これが、骨格に余計な肉を一杯つけて、そのくせ大事な部分はザックリと割愛するB級映画のようなストーリー。
B級が割とイケる口な私は、意外とこんな話も好き。
でもビジネスや何かしらのレポートではこのように書こう。

 

キルスイッチが切られたままだったので、XR250のエンジンはキックで始動できなかった。
程なく原因を発見出来、エンジンは無事に始動できた。
この日はとても暑い日だったので、汗を沢山かき、とても疲れた一日だった。
今度から、キルスイッチの確認を怠らないように、気をつけようと思う。

 

親戚のガムおじさんも、ベタベタしてるよベタ子さんも出てこない、とても簡潔かつ全てを兼ね揃えた文章だろう。
最初に本題と結論を書き、後は簡潔に補足し、最後に改善策を手短に書く。
簡潔かつ全てを兼ね揃えた文章だ。
こんなクソみたいな文章を読みたい人がここに何人居るのか知らないけれど。

まぁ、もっと言えばベタ子さんなんて読みたい人がどれだけ居るかはもっと解らないんだけど、少なくとも私はそんなネチネチした話を書きたいタイプの人間なので、今後ともベタベタした文章を書いていこうと思う。

 

と言う訳で、このブログはもうちっとだけベタベタするんじゃ。
今後ともどうぞよろしくメカドッグ。

 

MOTOR CYCLE

Posted by tommy