放流しても魚は増えない

北海道大学の研究によると、サクラマスの放流が⼤規模に⾏われている河川ほど、サクラマスとその他の⿂種の密度が低下し、結果的に⿂類群集全体の密度と種数が低下することが分かった、との事。

原因は、大規模放流により域内の密度が高まると自然界の動物は繁殖が抑制される性質が有る事。
自然界にはキャパシティが有るので、それを大幅に超えた数の個体が狭い範囲に密集していると、それ以上個体数を増やさないように繁殖に抑制が掛かる。
この抑制はサクラマスの中のリーダーが適切にコントロールしてる訳では無いので、往々にして繁殖抑制が効きすぎる場合が有り、その場合は数をガックリと減らしてしまう事が有る。
加えて、競争が激化する事、単一の種が激増して生態系のバランスが崩れる事などで長期的な衰退に繋がる。

これはブラックバスでも良く言われている事で、有る池に自然繁殖が可能と成る一定数以上の数のブラックバスが不法放流されたら、その後爆発的に数を増やして池はブラックバスだらけに成るのだが、ピークを過ぎると自然に数を減らして一定の数に落ち着く。
そんな事が良く言われる。

一時期関西での野池ブームが有った。
誰かが密放流したブラックバスが池で大発生して、バッコバコに釣れまくってた時期が有った。
だが、次第に釣れなくなってフィーバーは過ぎる事と成る。
要因は色々と有るのだけど、その一つが根本的に魚が減少した、って事。
閉鎖水域では生存可能な個体数は決まってるので、延々と増殖したり飽和状態を大きく超えた状態が長年に渡って維持される事は無い。
結局、そのうちに適正値に収束する。
その池にワカサギを大量に放流し続ければ話は変わってくるかも知れないが、自然界においては外敵と言えどもキャパシティは決まってしまうので、永遠に増え続ける事は無い。

だから、ブラックバスの被害を減らしたいならば、池に生息するブラックバスを持続不可能なまでに淘汰するか、或いは仕方ないかと共存するしかない、との意見が正しいように思える。
昨今では釣れたブラックバスを回収ボックスに入れたり、或いは網や電気ショックやネストの破壊でブラックバスを退治しようと頑張ってるが、均衡している状態から数を減らしたらまた自然に増える可能性が高いので、10年程したら琵琶湖は凄いブラックバスフィーバーが起こってる、かも知れない。

数が増えたら減らすように働き、数が減ったら増える方へと働く。
最終的に均衡の取れる辺りで落ち着くように自然は上手くフィードバックされる。
今さら琵琶湖のブラックバスを駆逐するのは不可能なので、均衡した数よりもさらに減らしたいなら頑張って大量に捕り続けるしか道は無いだろう。
ある程度まで減ったからと止めたら、暫く後にはきっと凄く増えると思うので、その仕事は人類が諦める日まで延々と続く、かもね。

 

放流しても魚は増えない
と、そんなセンセーショナルなタイトルだけど、正しくはキャパシティを大きく超えた数の放流は逆効果と成る可能性が高い、と言う事。
だから、広い海にヒラメの稚魚を放流するのと、狭い川にサクラマスの幼魚のヤマメを大量に放流するのとでは、話はちょっと違って来るので混同は気を付けよう。

これは魚だけに限った話では無く、ラーメン屋なんかも同じ。
月300万円程度のキャパシティの地域においては、最大店舗数はどう頑張っても3件が限界。
平均売上100万円なら、材料と固定費を払っても半分残る。
バイトを2人入れたらキツいけれども、バイト1人入れて2オペならどうにかやって行けると思う結構ギリなラインだ。

楽では無いけどどうにかやって行けてる均衡状態の地域に、新たにラーメン屋が3件オープンしたら大変な事に成る。
その地域のラーメンへの需要は300万円と変わらないので、店舗数が倍に増えたら一件当たりの売り上げは半分に成るのは必定。
で、体力の無い店から次々と潰れていき、場合によっては1件しか残らない、なんて事も起こりえる。

だが、やっぱりその地域のラーメンへの需要は300万円と変わらないので、底を打ったラーメン屋の店舗数はまた増加に転じて、結局は均衡状態へと戻る。
これが自然の摂理。
不法放流されたブラックバスも北海道のサクラマスも地域のラーメン屋も、話としては変わりは無い。

 

 

現在、日本4メーカーの250ccクラスには、ちょっとした均衡の崩れが見られる。
一つはオフ車の大絶滅。
唯一残ってるのがホンダのCRF250Lだけ。
カワサキはすでにKLX230はモタードだけに成り純粋なオフ車は絶滅。
一時はあれほどオフ車を作ってたヤマハもオフ車は絶滅し、中身は一緒のくせにちょっと違うだけのオフ車を一杯作ってたスズキも絶滅状態。
少なくとも日本では、もはやオフ車は絶滅したと言って過言では無い。

こんな舗装道路だらけの国であってもオフ車への潜在的な需要は存在するので、これが自然界なら反発してオフ車の数を増やす所なのだが、残念ながらバイク界においてはその理屈は必ずしも当てはまらないようだ。
スマンかったな。

 

そして、各メーカー戦略の違いが明確に成ってるのも現在のこのクラスの特徴の一つと成っている。

カワサキは、直4のZX25Rとパラ2ニンジャ&Zとの2本立て。
ハイエンドマシンとエントリーマシンの2本立ては、諸事情により250ccしか選択肢に成り得ない人に取ってはとても有難いお話だ。
折角の直4なので、この際Z250RSを作れば良いのにと思うのだけど。

ホンダも同様に、ハイエンドモデルのパラ2のCBR250RRと、エントリーモデルのシングルネイキッドのCB250Rの2本立て。
CRF、レブルもCBR250Rと同系のシングル。
国内仕様ではクラス唯一のクルーザーとトレールバイクを作るホンダだが、エントリークラスのカウル付きスポーツは現在は国内投入はされていない。
エントリーモデルのフルカウル250にも一定の需要は有るとは思うのだが、残念ながらホンダのカウル付き250ccを買いたいならCBR400Rよりも高い値段を出す必要が有る。

フラッグシップモデルとエントリーモデルの組み合わせは、ガンダムとジムを組み合わせるようなスタンダードな戦略と言える。

 

ヤマハは1本で勝負。
日本国内に現在投入しているのはパラ2エンジン1本だけ。
作るバイクはYZF-R25と、そのネイキッド仕様と言えるMT-25。
同じエンジンでカウルの有り無しでスタイルを変える、古来より良く行われるとても正しい手法だ。
カウルが有ったら外したい、カウルが無いなら付けてみたい。
これが人間の性って奴だよ。

スコープドッグが有ればイイんだよ、スコープドッグが有れば。
そんな、あれこれ手を出さずに1本で勝負するヤマハの戦略だ。

なお、海外モデルではこのクラスのバイクを色々作ってるが、他所の地域で出している魅力的なバイクの国内リリースは今現在では実現していない。
他所は他所でウチはウチだ!
そんなお母さん理論。

 

そしてスズキ。
現在、日本国内に投入されている250ccクラスのバイクは、Vスト&GSX-Rのパラ2、ジグサーの250ccシングル、そしてジグサー150。
下位クラスだがGSX-R125とネイキッド仕様のGSX-S125まで有る。
フルサイズ125ccも合わせるとエンジンは4種類、Vストも合わせて7車種もの圧倒的物量で勝負する。

スズキはこんな戦略が好きで、過去にはグース350とコストダウンしたグース250を作り、TSは同じ車体で125と200を作り、ガンマシリーズは大昔には国内モデルでは50/125/250/400500ときめ細かく揃え、その後のRGVΓ時代にも、50/125/200/250と揃え、丁寧にもそのネイキッド仕様のウルフも50/125/200/250と刻みまくったみじん切りラインナップ。
だがそのウルフは、オリジナルの250は他の兄弟がリリースされる前にカタログ落ちする訳の解らない戦略だったんだけどね。
オフ車も、一時はジェベルとDRとDFと、これまた同じようなバイクを大量投入する物量作戦を取っていた。
90年代以降では、DRは250/400、ジェベルは125/200/250、DFは125/200と、一応の棲み分けは成されていたが、どこまで厳密に計画されていたか、そしてどれだけ意味合いが有ったのかについては、私の口からはちょっとアレ。

ゾックにゴッグにズゴッグにアッガイにアッグにジュアッグにアッグガイに....
と、そんな圧倒的物量作戦。
無駄だって?
ロマンが有ればイイんだよ、ロマンが有れば。

 

年間100人しか観光客の来ない島に、旅館を5軒も10軒も作っても仕方ない、って考えは普通に有る。
一方、ちょっと違う程度の旅館も一杯作れば新たな需要を喚起出来る、かも知れないって希望に満ちた空想も出来なくも無い。

必要最低限のタマで勝負するヤマハの戦略が正しいのか、ハイエンドとエントリーモデルの2本立てで勝負するホンダとカワサキの戦略が王道なのか、或いはスズキ得意の絨毯爆撃作戦が功を奏するのか。

ともかく、125~250ccクラスへの潜在需要が十分に眠っていて、共存共栄できるキャパが有る事を祈りたいばかりだ。

MOTOR CYCLE

Posted by tommy