お見送りは結構です~前編

[adsense]

もう何年も前の事。
関東のとある有名温泉地の、割と高級な温泉旅館へツーリングに出かけた時の事。

『いえ、結構ですよ』

とは中々言い難いのが、ホテルや旅館で荷物を運んでくれる人に対して。

一泊二日のバイクツーリングで、荷物なんて小さな鞄が一個とヘルメット。
その程度の荷物をわざわざ運んで貰う必要も無いし、バイクに積んでた鞄を綺麗な着物姿の人に持ってもらうってのも気がひけるし、それにヘルメットは自分で持っておきたいし。
ちょっとしたコンテナが必要な小林幸子ならともかく、バイクツーリングの荷物なんてたかが知れてるので、わざわざ運んで貰う必要は無い。
でも、これが仕事なので『いえ、結構ですよ』とは中々言い難い。
だからここは、荷物を運んでくれるって言われたら素直に運んで貰うのが正解なんだろうと思う。
それが正解。

荷物を部屋まで運んでくれる宿に泊まると、大体は帰りも荷物を玄関や場合によっては車まで運んでくれたりする場合も有る。
バイクに積んでくれたりはしないけど、荷物は自分で積まないと不安で仕方無いので自分でやらせて貰うから流石に遠慮申し上げたい。

で、そのようなお宿は大体は出発する際にお見送りしてくれたりする。
しかも何人もが整列してお見送りしてくれたりするので、人によってはちょっとしたVIP感覚を味わえて気持ちよいのだろうと思う。
だが、ドアをバタンと閉めて、エンジン掛けたらすぐ出発出来る車ならばともかく、エンジン掛けて暫く暖機しないとまともに動かない車やバイクの場合はちょっと気まずい。
朝の忙しい時間に、わざわざ手を止めて見送りに出てくれてるのだから、スマートかつ迅速に出発したい気持ちは有っても、エンジンが暖まらないとモーモー言って走らない乗り物の場合は非常に気まずい。
当時乗ってたFZはまさにそんなバイクで、只でさえ寒くなるとエンジンが掛かり難い上に、しっかりと暖めてやらないとまともに走らないので、お見送りされると非常に気まずい。
ちょっとドキドキする。
早く出発しろよ、と思われてるんじゃ無いかとちょっとドキドキする。
それに何よりエンジン掛からなかったらどうしようかと。

その点、今のR1はそんな心配は一切無用。
どんな時でもスターターボタン一発ポンで掛るインジェクションは素晴らしいなと、つくづく思う。
もっとも、ちょっとミスったらプラグ交換しないとエンジンが掛からない、当時旦那さんの乗ってたパラ2ガンマに比べれば遥かにマシなのは確かなのだけど。
あれは流石に気まずすぎるわ。
旅館の人たちがお見送りしてくれてる目の前でプラグ交換したり、静寂に包まれた朝の旅館で、白煙とオイルを撒き散らしながらパンパラ言わせるのは余りに気まず過ぎる。

『お見送りは結構です』
と、半泣きに成りながら言いたい心境だ。
とても気を使う。

そんなこんなでジャン・クロード・ヴァンダムのような身のこなしで華麗に荷物を積み、ヘルメットを被りバイクに跨った。
旅館の方達に見守られながら。
この世で最も格好イイと私の中で評判と賞賛が絶える事の無い、FZ750に跨り、そしてエンジンを始動した。
真っ黒の養殖鰻みたいな純正マフラーでは無い、煌びやかに輝く四万十川の天然鰻のようなマフラーから響く重厚なサウンド。
これでノーマルマフラー(FZR1000用)なんだから、世間の皆様にはごめんなさいな気持ちで一杯だ。
旅館の方達にもごめんなさいな気持ちで一杯だ。
だって仕方無いじゃないか、これでノーマルなんだから。

ちなみにエンジンもFZR1000だけど、誰に怒られる謂れも、後ろめたさも無い。
車検もちゃんと通ってるのだから何を言われる筋合いも無い。
頑張ってせっかくFZRを作ったヤマハの人を除いて。
頑張って作ったのにエンジンと足だけ取られて処分されたFZRを作ったヤマハの人を除いて。
だってだって、やっぱ形が.....。

クラッチレバーを握り、カチリとシフトをローに入れる。
ガッシャコーン!!なんて音は鳴らない。

その瞬間、まさにその刹那、私はとても大事な事を思い出した。
トイレを流し忘れた、事よりもさらに大事な事を。

あ、ディスクロック外してない。

ニュートラルに入れてクラッチレバー離してエンジン切ってサイドスタンド戻してキー抜いてバイク降りてリヤディスクに付けてたディスクロックを外して鞄のチャック開けて仕舞ってまたバイクに跨ってエンジン掛けてサイドスタンド払ってクラッチ切ってローに入れて....
で、耳真っ赤にしながらやっとの思いでその場を離れた私は思った。
今度バイクで旅館に行った時はお見送りは断ろうと。
お見送りは結構です、と言おう。

そんな苦い思い出。

この猛烈に寒い最中、随分遠くから友人が尋ねて来た。
広い林道を走るには最高だが、高速道路乗るには苦痛以外の何者でも無いME08と言うスパルタンなバイクに乗って。
みかん一杯積んで。

s_XR250RT

ここでまさかの後編へ続く

MOTOR CYCLE

Posted by tommy