ガキ大将と鳴らないクラクション

ゼファーで一度、かなり焦った事が有る。
それは車検。
検査ラインの前のハンマーコンコンテストの際、クラクションがウンともスンとも言わなかった時の事。

ブレーキランプが点かなかった事も有って、あれもかなり焦ったのだけど、クラクションは本当に焦った。
口でビッビーって言って急場をしのごうかな?と思ったか思ってないかはともかく、何しろ焦った事を覚えている。

車検前に点検しとけって?
勿論してるさ。
出掛ける前には綺麗なパンツに履き替える私。
そんな抜かりは無いさ。
それでもそんな時に限って故障するんだから、世の中ってのは架空の物語よりも時にネタ臭さを前面に張り出して来るもんだ。
油断も隙も無い。
車検場に向かう途中でテールランプが切れた人も居るしね。
家出るまで、ってかさっきまでちゃんと点いてたのに!!って。

 

ただ正直、今思い返すとその時のクラクションって事前に点検してなかったような、そんな可能性も実は高かったりする。
普段気にしないものね。
そんなブーブービービー鳴らしたりしないから。
だから思う。
もしかしたらずっと鳴らなかったのかもねと。
もしかしたらパンツ履き替えて来るの忘れてたかもねと。

 

普通に生きてる普通の人は、普通はクラクションなんて使わない。
でも、車検に関わらずとも、クラクションは保安部品、保安装備の一つなので、普段から確実に作動する事を確認しておきたい。
そうじゃないと、イザって時に焦ってしまう事も有る。
この日の私のように。

 

ある日、有る所の住宅街の狭い道路。
私は『とまれ』の標識に従い、一時停止をしていた。

車はインプレッサ。
私が買った訳じゃ無いけれど、何か良く乗ってる車。
購入時は非常に行儀の悪い改造が施された、知能指数の低そうな、『知能』って漢字すら書けない程に知能の欠落したような車だった。
だが、ただただやたらめったら硬いだけだった足は元に戻し、じゃがいも詰められそうなただただ煩いだけの大口径マフラーも元に戻し、あれこれとまともに戻したら本当にイイ車に成ったもんだと思う。
別にノーマルが最高だとは思わないけれど、少なくともただただひたすらに硬いだけの足と、ひたすら煩いだけのブリが入りそうな太っといマフラーよりは遥かにマシだと。

で、そんなインプレッサで一時停止をしていると、正面から1台の自転車が近づいて来た。
見たところ40代の成人男性。
得意気に自転車に乗るガキ大将のように、両手をポッケに突っ込んだまま手放し運転でこっちへキッコキッコ漕いできたのだ。
40代なのに。

一方通行の逆走なんて気にしないで。
標識には自転車は除くの表記。
だから法的に問題は無いにしても、手放し運転んで堂々と道の真ん中を逆走するガキ大将。
親と教師に抗う中学生のように。
産卵に向かう鮭のように。

一時停止なんて構いやしない。
自転車なら法的には問題ないのかな?
法的以外のところで問題は有りそうだけど。
と言うかそもそも止まれない。
自転車を得意気に漕ぐガキ大将の両のお手々はポッケの中、なのだから。

ともかく、そんなガキ大将(40代)が、なんかこっちに気付いてるんだか気付いてないんだから良く解らない乗り方で、ポッケに両手を突っ込んだままキッコキッコとやって来たのだ。
私のまん前を。
何ら気にする事なく私の方へと。

やばい。
このままなら正面衝突だ。

止まってるから大丈夫かな?
ドラレコも付いてるし。
とは思えど、事故なんて無いに越した事は無い。

私が何かしらの魔法を使えたなら、このガキ大将をどこか遠くへ転送してやる所なんだけど、残念ながらそんな能力は持ち合わせて無い。
どうしよう?
時間にして数秒、私が導き出した答えはクラクション。
狭い道のど真ん中を真正面から走ってくるガキ大将を避けるスペースは無いので、クラクションを鳴らすしか手は無い。
ナイト2000ならジャンプでガキ大将をやり過ごす事は出来ただろうけど、残念ながらインプレッサにはそんな気の効いたオプションは付いてない。
富士重工にも出来る事と出来ない事は有るのだ。

 

ー私は前を見据えながら、ハンドルに付いてるホーンボタンを押した。
ーしかし、何も起こらなかった。

 

やばい、鳴らんですたい!
うんともすんとも、ビーともブーとも成らんですたい!

謎の方言が飛び出しながら、取り乱した私は口でブッブーって言いそうに成ったのだが、すんでの所でガキ大将(40代)は止まってる私に気付いて回避する事に成功した。
壁に突っ込みそうに成ってたけれど、ともかくギリ回避できたのはガキ大将が40代だから、だっただろう。
これが50代の反射神経なら、避ける事もポケットから両手を出してハンドルを握る事さえも間に合わなかっただろう。
フライングクロスチョップの体勢でフロントガラスに突っ込んで来てても不思議は無いだろう。
40代で良かった。

いや、手放し運転しながら余所見してるみたいだったけど、本当はちゃんと前を見てるんだろ?40代だし。
なんて思ってた私がその数秒前に居たのだけど、本当にギリッギリの所で避けれたので、本当に余所見してたんだと改めて思った。
驚いた。
40代なのに。

 

いやぁ、良かった。
突っ込まれなくて良かったわ。

胸を撫で下ろしながらその狭い住宅街を抜けたのだが、私の中には一つの懸案が生まれた。
それはもちろんクラクション。
イザって時に鳴らなかったクラクション。

壊れてるのか?
それとも私の押し方がまずかったのか?
どうなんだろうかって事。

押し方が悪い、なんて事は有るかなぁって気もするので、壊れてる可能性が高い。
スイッチなのか、リレーなのか、ハーネスなのか、ホーン自体なのか。
原因は探してみなきゃどうにも解らないけれど、今すぐに確認できる事は一つ有る。
それは、本当にホーンが壊れてるのかどうかを、もう一回スイッチを押して確かめてみるって事。
落ち着いた状況で、確実に力を入れて、確実に押してやれば解るさ。
押し方が悪かったのか、それとも壊れてるのか、なんて事は。

だから私は走りながら押して確かめてみようと思ったんだけど、どうにもそのタイミングが無いままゴールのガレージまで着いてしまったのが心残りだったりする。
前や横に他の車が居たり、或いは歩行者が居たりと、どうにもタイミングが。
変な所で鳴らしたら面倒な事に成りそうだしね。
意外と無いもんだ。
気兼ねなくブッブーって成らせるシチュエーションって。
まぁ埋立地に行けば鳴らし放題なんだけどね。
面倒くさいから行かないだけで。

 

あれから数週間。
未だに確かめられて無いクラクションの生死。
さて、どうしよう。
このまま車検までズルズル先延ばしに成ったらどうしよう。

CAR

Posted by tommy