車を買いに行く車が無い
服を買いに行くには服が必要なように、車を買いに行くには車が必要と成る。
理由は2つ。
一つは交通手段として。
車屋は駅前には余り無いので、何かしらの交通手段が無いと不便だから、って極普通の理由。
何も面白くない単純な理由。
もっとも、この場合は別に車じゃなくてもバイクでも自転車でも構わない。
店まで行けたらそれで良い。
だが、これがラーメン屋や釣具屋なら何も問題無いのだけど、車を買いに行く場合には相応の車が必要になるのだ。
その購入する車に見合った車で来店しないと、余程の馴染みの店で無い限り何かしらの不具合が生じる事も有り得る。
要するに、レクサスのディーラーに行くのにあんまりヤバい車だと何かとアレだよねってのがもう一つの理由だ。
ある日俺は、後輩から借りた独特のセンスのカスタマイズが施された中古のワゴンRに乗り、ジャージと偽物クロックスを履いてレクサスへ行った。
クラウンハイブリッドの横にワゴンRを停めた俺は、ドンキ帰りのような格好で煌びやかな店内へと入った。
『何だこのドンキ帰りは？』
そんな侮蔑の視線を投げつけるディーラーに俺は言った。
「RX450をくれ」
と。
『はぁ？何言ってんだお前？』
そう言いたげなディーラーの眼前、リュックの中から9個の札束を取り出し、カウンターの上へと積み上げた。
見る見る青ざめるディーラーを見ながら俺は
「900万じゃ足りないか？」
と、リュックからさらにもう一つ札束を取り出し、ニヤリと笑いながら言った。
人は見た目で判断してはならない。
客を見た目で値踏みしてはならない。
そんな有りがたい教訓を教えてくれる、まとめサイトやyoutubeの企画に有りがちな話だけど、実際にそんな性格の悪い事するのは余りお勧めしない。
先立つものが無きゃ中々出来ないんだけど、あまりお勧めしないな。
店員は客に対して平等に接するべきだ。
見た目や年齢や性別で分け隔て無く、同様に接するべきなのだ。
ってのは至極ごもっともなんだけど、店員がいらっしゃいませと一言掛けるのもコストが掛かって来るので、中学1年生みたいな理想論は中々通じない。
小一時間ばかり暇つぶしに立ち寄ったドンキ帰りみたいな人の相手してたら、本当にただの暇つぶしに寄っただけのドンキ帰りの人だったらえらい事だからね。
店員が客を選ぶなと言うのは自由だけど、店員が客を選ぶのもまた自由。
一流ディーラーに成れば、クロックスの偽物履いてようともその客の本質を見分けられるのかも知れないけれど、まぁ双方に取って面倒なのでレクサス買うならレクサス買う身なりで行くべきだろうと思う。
色んなモノを超越した人なら、短パンとサンダルでロールスロイスどころかジェット機買いに行っても結構なんだけど、そうじゃ無い民間人なら、やはり相応の格好はしておきたいもんだと。
ただ、長々と書いたけれど、ちゃんと買う意思を伝えてたら高級輸入車ディーラーの人もちゃんと接してくれる筈。
独特のカスタマイズが施されたワゴンRはおろか、ママチャリで有ろうリアカーであろうとも。
短パンだろうとパジャマだろうと。
多分。
ただ何かと無駄なエネルギーは必要なので、パジャマでレクサス買いに行くのはやっぱりお勧めしないな。
スーツ着てネクタイ締めていく必要は無いだろうけど、だからとパジャママンはちょっとね。
病院抜け出してコンビニに買い物に来た人じゃ無いんだから。
と言う訳で、車を買うって人が居たので私の車で車を買いに行ってきた。
ベントレーでもロールスロイスでも無いけれど、かと言って普段乗ってるニンジャ250より安い中古車でも無い。
まぁまぁな値段のまぁまぁな輸入車。
いつも乗ってるエブリィで行くのはちょっとアレだからって、そんな事を言い出したので車を出してやる事に。
リアのスライドドアの閉まりが悪くなって来た、かなりスパルタンなエブリィワゴンで行くのはちょっとアレだからと、いい歳したおじさんがそんな事を出したので。
別に恥ずかしがらなくてもイイのにそんな事を言い出したので。
車出してくれたらコーヒーご馳走するからさ、と。
あれ？コーヒー出してくれるのって自動車ディーラーの人じゃ無いの？
と、そんな事を思いながら私は、まぁまぁな値段のまぁまぁな輸入車ディーラーへと、まぁまぁな服を着てまぁまぁな値段の輸入車を走らせるのだった。
ドライビングシューズに愛用してる300円のスニーカーを履いて。
履き替える靴はちゃんと積んで来たかな？
と、道中、そんな恐ろしい事を考えながら。