二輪噺

奥様ライダーズ小話ブログ

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メランドリに幸あれ-1

   

 

選択さえ間違えなければ、扱いさえもう少し良ければ、MotoGPクラスのタイトルを取っていただろう、そんなイタリアンライダー。
プルプル震えながら熱い走りを魅せる、震えるイタリアン。
それがメランドリ。
マルコ・メランドリ。

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1998年、GP125フル参戦デビューイヤー。
優勝2回を挙げ、いきなりランキング3位を獲得する。
脅威の新人、それがメランドリ。
ロッシ、マルケス、ストーナー、ロレンソでもメランドリのデビューイヤーには及ばない。

 

当時のGP125は坂田和人、眞子智実、徳留真紀、東雅雄、...等、とジャパニーズ旋風が巻き起こってた時代。
そんな時代も有ったもんだよ。

ちなみに1998年のGP125クラスのランキングは
1位:坂田和人
2位:眞子智実
3位:マルコ・メランドリ
4位:東雅雄
5位:ルーチョ・チェッキネロ

こんな顔ぶれ。
こんな時代も有ったもんだ。

 

そんな華々しいデビューを飾ったメランドリは、翌1999年はさらにもう一つ成績を上げてランキング2位。
2000年からはGP250にステップアップし、2002年には念願の王者と成る。
メランドリ、頂点に立つ。
この初タイトルを皮切りに、メランドリの王者の道は開かれた。
王者メランドリの常勝チャンピオンロードは開かれた。
に思えたのだが....

 

順風満帆な王者メランドリは、2003年に遂にMotoGPクラスへの参戦チケットをその手に握った。
GP250王者が選んだ先はヤマハ。
ロッシ加入前の暗黒期のヤマハ。
よりによって超暗黒期のヤマハ。

怪我による欠場、クラッシュでリタイヤが続き、初年度は15位と苦戦のMotoGPデビュー。
翌年に巻き返しを誓うが、だが2004年と言えばロッシが電撃的にヤマハへ加入した年。
粉骨砕身せっせせっせとロッシ様に注力したヤマハは、暗黒期を一気に叩き壊して念願のMotoGP初タイトルを獲得する。
その一方で....
メランドリ?ごめん、ちょっとロッシ様以外には忙しくて構ってられないんだと、そんなこんなでランキング12位。

 

適当な扱いにヘソを曲げたのか鼻を曲げたのか、メランドリは一念発起モビスターホンダへと移籍する。
扱いさえ良ければグッドリザルトを残せるんだよとばかりに、優勝2回を含む堂々のランキング2位を獲得。
ポイントでは1位のロッシとは147ポイントもの圧倒的かつ絶望的な大差を着けられたのだが、そんな事は黙ってたら誰も気づかないのでお口はチャックしておこう。

ともかくランキング2位。
世界で2番目に速い男。
順当に行けばビアッジが抜けたレプソルホンダのシートにメランドリが入るのが筋なのだが、そこに入ったのは前年の250ccチャンピオンのペドロサ。
まだダニエルさんと呼ばれた頃のペドロさん。

メランドリは優勝3回を含む7回のポディウムを獲得したものの、残念ながらランキングは4位。
だが、チャンピオンのニッキー・ヘイデンとは24ポイント差。
あとほんのちょっとだけサポートが得られてたら、この大混戦の2006年を制してたのはメランドリだったかも知れない。
もしレプソルホンダに乗ってれば、歴史は変わってたかも知れない。
鱈&レバーなお話だけど。

 

2007年はストーナーが爆発した年。
正直、この年のストーナーを止められる人間なんて誰も居ない。
ロッシでさえも。
そしてメランドリもまた。

 

DUCATIの圧倒的強さを目の当たりにしたのが原因なのか原因で無いのか、イタリア人の血が騒いだのか騒いでないのか、有ろう事かドゥカティへと移籍。
ストーナーが乗ったらベラボーに速いドゥカティへ移籍。
ストーナーが乗ったらとてつもなく速いドゥカティへ移籍。
その選択は、正直スマンかった。
その成績は、正直スマンかった。

 

散々な成績に終わり、やっぱドゥカティはアカンかったわと、再びジャパニーズメーカーへと舞い戻ったメランドリ。
次の選択はカワサキ。
マールボロ・ドゥカティからカワサキへの移籍。
赤から緑へ、アノ頃のメランドリに戻りたいんだとばかりに、赤ピーマンから緑ピーマンへと移籍。
アノ頃の栄光と、アノ頃の走りを取り戻さんとばかりに。

 

気合に満ちたメランドリに、年の瀬に衝撃の発表が飛び込んだ。

『....今更だけど来年のGPは止めるわ、ごめんね』

と、カワサキからの非情で無情なドタキャンのお知らせとご案内。
よりによって年末に。
今更そんな事言われても困るわ。
マルコはコマル。

 

どうにかこうにかマシンは確保し、ハヤテレーシングから中古のカワサキを走らせる事に成ったのだが、そんなのでどうこう出来れば苦労しない。
だが、それでも2位を1回獲得したのは一重にメランドリのお陰。
メランドリの卓越したテクニックと才能のお陰だ。

でももうちょっと良いマシンに乗せてあげたかった。
でももうちょっと待遇を良くしてあげたかった。
悔やまれて成らない。

その後ホンダサテライトへと移籍するが、どうにもぱっとしないままMotoGPのキャリアを一旦終える。
嗚呼....

 

マルコ、SBKへ立つ編へ続く

 



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