我輩は

一人称が名前の人間は嫌いだ。

富子はねぇ、サバアレルギーだからぁ、焼きサバ食べたらぁ、なんかムズムズするのぉ

なんて、腰をクネクネさせながら言われたら、恐らく多くの人はイラっと来る事だろう。
書いてるだけでカチンと来るくらいだから。

小学校に入る前のチビッコならまだしも、それを越えたらかなり辛い。
ブン殴ったり、鼻の穴に大根突っ込んだりって程では無いけど、そいつの持ってるパジャマを全部水で濡らしてやりたい程度にはカチンと来る。
ジメジメしたパジャマで布団に入って、布団までジメジメしながら寝付けない夜を過ごさせながら、己の愚行を反省させてやりたくは成る。
湿った布団に包まれながら、己の愚行を悔やむがイイ。
ハーハッハハハッハー
と高笑いしながら。

小生って言う人もイラっとくる。
実生活においてそんな人間に出会った事は無いけれども。
一人称が拙者で、語尾にゴザルを着ける人と同じく実生活で小生なんて言ってる人と会った事は無いけれど、ネット上では何か良く解らないけど時に居る。
小生の男が。

そもそも小生ってのは同格、もしくは目下の人間に使う言葉だ。
サウザーがシュウ様に布切れ巻こうとした男に小生と使うのは正しい用法だろう。

小生のトライクにトゲトゲ付けたよ、今度見に来てね by将星

と、シンにメール送る際に小生を使うのは正しい用法だろう。
同格、もしくは下郎相手には正しい用法。

だが、天帝にメール送る際に使うのは少々不適切と言える。
オウガイ先生にLINE送る際に使うなんて持っての他だ。

と、同様に、何処の誰か知らないネット上の相手とのやり取りに、小生を使うのは不適切と言える。
何処の馬の骨か解らない者同士、当たり障り無く『私』を使うのが最も適切で有ろうと考える。
全ての人間を下郎だと考える方なら、まぁ好きにして頂ければ結構なんだけど。

邪魔臭い話だ。
ややこしい話だね。
日本語って一人称だけで山ほど有り、それぞれ適した場面や用法が有るので、その使い分けが非常にややこしい。

アーデさんの言う、俺は、僕は、私は。
イヤミ氏の言う、ミー。
名の無い猫の言う、我輩。

この辺りのニュアンスは、Google翻訳を駆使した所でそのニュアンスは外国人には伝わらない。
日本特有の多才な表現方法で有り、日本語特有の邪魔臭さでも有る。

なんせ英語圏では、吾輩は猫である=I Am a Cat
だもんね。
愛想も何も有ったもんじゃ無い。

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と言う訳で、本日は手短に終わり。

猫みたいに伸縮自在にはいかないので、まぁ時には手短に、と言う事で。

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