怒られた事は無いからと、誰も怒ってないとは限らない-1

近所迷惑なので広い道路まで押して行ってからバイクのエンジン掛けてますよ

と、そんな事をおっしゃるグッドライダー気取りの人も居るかも知れないが、それはある一点では正しい行動だとは言える。
自分が怒られない為の行動としてはとても正しいと。

バイクに乗ってて起こりうるトラブルの一つとして、ご近所との騒音のトラブルが挙げられるんじゃないかと思う。
まだ私が京都の実家に住んでた時も有った。
そこはとても静かな地域だったので、バイクは非常に相性悪かったのだ。

もっとも、当時私が乗ってたのはノーマルのCBR250R。
15,000rpmまで回せば騒々しいけれど、そこらを普通に走る程度はどうと言う事は無い。
ノーマルならね。
このバイクでも煩いと言われたらちょっと困ってしまう。

ただ問題は、歩いて行ける範囲内に一台やたらめったら騒々しいバイクが居た事。
ラッパ付いた祇園祭みたいなド派手なバイクが。
毎日がの山鉾巡行みたいなバイクが。
ラッパとエビみたいなシートは付いてるけどサイレンサーの付いてない迷惑なバイクが。

夜に成るとバンバラ言わせながら用事も無いのにどっかへ出て行き、そして夜が明けるとまたもやバンバラ言わせながら帰ってくる。
毎日って訳でも無いけれど、あのバイクには非常に迷惑させられた。
そのバンバラ宅を取り囲むように眩い赤色灯に照らされた、あの日の早朝が来るまでの間、ずっと。

何かやって8年ほどブチ込まれたって話だったので、それ以来もう遭う事は無かったのだが、すぐ近くに住んでるご近所さんからはその懲役8年さんに関する嫌味を良く言われたもんだ。
単に同じ町内に住み、単にエンジンが付いた二輪車に乗ってるってだけで同類扱いしてくるんだから困ってしまう。
口も聞いた事無い人と同類扱いされても困っちゃうわ。

もっとも、そのご近所のおばさんとて、30歳過ぎてもバンバラ言わせてる前科多数(中卒)と私が仲間だとは微塵も思ってないんだろうけどね。
単に嫌味が言えたらそれで満足なのだから。
ただ単にネチネチした嫌味が言えたらそれで満足なだけなのだから。

ちなみにその近所さんとは別に仲が悪い訳では無い。
単にそんな人だってだけで。
私の母もまぁまぁ似たような人だったし。

そんな具合に、ってかどんな具合やんって思いつつも、まぁともかくトラブルはご近所で起こるんだよって話。
だから、騒々しいバイクに乗ってる人は、広い道路までバイクを押して行ってエンジンを掛ける、ってのは一つの正しい答えとは言える。
それで近所でのトラブルは最小限に抑えられ、回覧板に町会長からの苦言のお手紙が挟まれる事もない。
マフラーに土や雑草を入れられる事も無いだろう。
少なくとも隣近所から怒られる事は無いだろう。

ただ覚えておく必要が有るのは、怒られた事は無いからと誰も怒ってないとは限らないよって事だ。

一部の変な人を除いて、何かしらカチンと来るケン!な事が有ったとしてもわざわざ怒りに行ったりはしない。
今も昔も衝動のままに行動する獣みたいな人は一定数居るだろうけど、まぁ普通は腹立つ事は有ってもその瞬間にそうそう怒鳴ったりはしない。
普通はね。

だから、うるせぇーよ!って近所の人から怒られた経験のある、自他共に認める騒々しいバイクに乗ってる人も、街中で知らない人から怒られた経験はそうは無いと思う。
信号待ちしてると怒号と共に植木鉢飛んできた、なんて経験はきっと無いと思う。
有ったら自分の生き方を見つめ直した方がイイと思うな。

じゃぁ誰も怒ってないのか?
急行待ちの踏み切り辺りの人はともかく、路地裏の窓の向こうの人は怒ってないのかと言えば、それは何とも言いがたい。
でも、近所のおじさんから怒られるようなバイクに乗ってる人は、Googleロケーション履歴の自分の足跡の線沿いに住む全ての人の怒りを買ってる可能性は有る。
あなたが今までバイクで通った道沿いの全ての人の怒りを買っていた可能性は否定できない。
ただその怒りが表明されないだけで。
単に今まで怒られなかっただけで。

怒られた事は無いからと誰も怒ってないとは限らないって話な訳だ。

つづく

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