刷毛の勇者の逆上がり

以前、取引先の工場の人と話をする仕事をしてた時期が有る。
仕事内容は、簡単に言えば納期と品質を守らせてコストを下げる。
一言で言えばそれが仕事。
ただ、来月から単価2割下げな、なんて事は言えないので、何かと気も使うし胃も痛く成る訳だ。

 

毎日のように幾つもの工場を訪れてると、時に安全面が非常に疎かな会社に巡り合う事が有る。

ディスクグラインダー使うのにゴーグルしない、みたいなレベルの、極基本的な安全対策すらしてない会社が時に。
流石に裸眼でディスクグラインダー使う会社に会った事は無いけれど。
ってか、そんな工具は私の出向いてた工場じゃ使わん。

 

『安全第一』と、大体の工場や作業場ではそんなスローガンを掲げてるものの、実際の所は安全面を余りに求め過ぎると、経営上の問題が生じて来る事も有る。
オフィスではカッターナイフの使用に制限が有る所も珍しく無いけれど、建築現場で大工さんがノコギリ使う度に申請出してたら仕事には成らないので、ある程度のバランスが必要なんだろうと思う。
安全を第一とするのはとても正しいけれど、それでも程度は有るだろうと。

 

実際、安全を突き詰め過ぎたら作業効率は落ちてコストも嵩んでくる。
だが安全を軽視して事故が起きたらそんな微々たるコストなんて吹っ飛んでしまう。

その辺のバランスは重要なので、ケースバイケース熟慮する必要が有るのだけど、でも出来る限り安全には気を使いたい。
事故が起きた時の事を考えたら、結局それがお得だったりするのだから。

私はそう考えるんだけど、コスト云々は別にして中々これが難しいもんだよ。
だって、今までプレスに挟まれた事無いもん、とか還暦過ぎたベテランさんに言われたりするから。
いや、そりゃ挟まれた事は無いだろうけどさぁ。
挟まれた事の有る人はヒラメみたいに成ってるからきっと見たらすぐに解るだろうし。
そりゃ挟まれた事は無いんだろうけど、挟まれたら全てのスケジュールが飛んでってしまうので、10秒横着しないで決まった手順を踏んでくれと。

さらには、緩衝材にコルクを使った玩具のヘルメットでバイクに乗る事が勇気の証だと、勇者の印なんだと、そんな感じの妙な価値観を持ってる人も居るので、彼らに安全対策を覚えさせるのもまた難しい。
学生時代はニッカポッカみたいな学生服着てコロッケパンを食べてたようなタイプ。

どれだけ目に力を入れて睨みつけてようと、高速で飛来する金属片に勝つ事はきっと無理なので、目から迎撃ビームが出ない人は素直に安全ゴーグルして欲しいなと、私はそう思う。
何時までもガキ大将みたいな事言って無いでと。

 

 

 

今や昔に、そんな事をブツブツ言いながら口先の仕事してた事をふと思い出したのは、ガレージのご近所の町工場のパイプの塗り直しを請け負った時の事。

塗り直しを請け負った、と言っても別に塗装屋をやってる訳では無い。
ご近所のよしみで、脚立に登ってちゃっちゃと刷毛で塗っただけの事。

ただのちょっとしたペンキ塗り、わざわざ外注するほどでも無い。
自分でやれば良いのだろうけど、平地でもちょい不安に成るお年頃なので、脚立に登るのはちょっと難しい。
流石に自分でやれと言うのは酷な話だ。

と言う訳で、いくらかのお駄賃で、ホームセンターで買ってきた塗料と塗装道具一式を持って近所の工場へと出向いて塗装を行った。
12尺と言う、かなり気合の入った脚立を立てかけて。

 

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天板まで3.5m。
それだけあれば、かなり高いところの作業も出来る。
上からぶら下がったチャンピオンベルトを取る事だって出来る。

ただ、脚立を使った高所作業って奴は非常に危ない。
まともな会社のまともな作業者なら、12尺の脚立に上がるならハーネスは無いにしてもヘルメットくらいは被るだろうけど、作業者の質の低下と共に安全対策は疎かに成って行く。
安全対策なんて何も考えて無い民間人にいたれば、天板に乗らない跨がない、と言う基本原則すらも無視されていく。

今回作業した人は....
あ、私がペンキ塗りしたみたいな書き方してたけど、勿論してない。
今も昔も口先しか動かさない。
お口仕事だよ。

 

で、今回作業した人は、転職前は毎日のように脚立に上ってエアコンを設置してた人って事も有り、特にコレと言ったハプニングは起こらずに、無事に作業は済んだ。
バランス崩してパイプにぶら下がって逆上がりしたり、なんて気の利いたハプニングなんて特に起こらず。

そうそうハプニングなんて起こらないもんだよ。
ってか、落ちて頭割れてたら書けないけどね。
そりゃそうだ。

だからここまで長々と書いたけれど、もちろん特に何も起こって無い。
落下した拍子に異世界の電気設備会社に転生したりもしてない。
ってか、それは転職前の仕事だ。
腰悪くして転職したので、もう勘弁してあげて欲しい。
異世界に転生してまでエアコン付ける仕事は勘弁してやって欲しいな。
せめて事務に回してやって欲しいな。

 

 

そうそう、12尺って凄いね。
特に用事も無いのに途中まで登ってみたけれど、生まれたてのロバみたいな足取りに成ったよ。
改めて思いだした。
そう言えば、高いところが苦手だったわと、脚立の真ん中あたりで立ち往生した私は改めて思い出した。
ごめん、ちょっと無理。

 

こんな怖い仕事を勇気を出して成し遂げてくれたのでコロッケパンくらいは買ってあげようと思う。

 

 

小噺

Posted by tommy