レモンの香りですかと聞かれたら、夏みかんですよと得意気に答えたい

バイクを押す。

教習所に入るとまず最初にやるのがこれ。
センタースタンドで立った状態の400ccをヨイショ!って押してスタンドを戻し、左手でハンドルを持ち、右手でシートを持ってバックさせる。
最初にやるのがコレ。
カリキュラム、とも言えないレベルのまず最初にやる事。

 

教習所で習う事は実際には役に立たないよと、口尖がらせて得意気にそんな事を言ってのける人も居るけれど、このスタンドを払ってバイクを押したり引いたりするってのは、出来なきゃ困るのでちゃんとマスターしておこう。
スタンドを戻せなきゃちょっとも動けないものね。
私のように眺めてるだけ、ウェットティッシュで拭くだけ、コーティング剤をシュッシュするだけで満足するようなレアケースな方なら別に構わないんだけどね。
走らないなら別にスタンドを戻せなくたって。

 

押すとか引くでは無く、押し込むとか引っこ抜く、って表現が合うのが我が家のタイニーなバイク置き場。
2人家族なのでバイクが2台置けたらイイかと思って作ったスペースに、晴れて3台目と成るZZR1400がやって来たので、またしてもパッツンパッツン状態に。
前オーナーから専用マウントと共にパニア(サイドケース)も付けてもらったけれど、ちょっと使うのは難しい。
入らない。
仮に入っても、今度は私が出られない。
困ったもんだ。
もうちょい広く取っておけば良かった。

まぁでも仕方ない。
地殻変動が起きて我が家の敷地が広く成るか、毎日ちょっとずつバレないように隣の敷地を侵略して土地を広くするか、或いはバイクを減らすか。
そうしなきゃ、この状況は改善しないので仕方ない。
このパッツンパッツンの状況はどうにも成らん。

 

この日、そんなタイトなスペースからZZR1400を引っこ抜いてた時、もうかれこれ何時だったか分らないくらい、そんな古風なセリフを聞いた。

「これはナナハンですか?」

と、そんな非常にクラシカルな台詞を。
何度か顔を見合わせた程度のご近所のご主人から。
マスクして眼鏡してたので断言出来ないけれど、多分ご近所のご主人から。

 

この場合、返答に中々困ってしまう。
これがサービスエリアで出会うとされる、所謂ナンシーと称される方を相手にするなら
「はいナナハンですよ」
と臆面無く平気な顔して嘘つけるんだけど、流石にご近所さんはなぁ。
また顔合わせるし。

かと言って、1400ccって答えるのもそれはそれで後のリアクションを想像したらちょっと面倒臭そうな気もする。
後期型なので正確には1441ccですよと答えるのはさらに面倒臭い。

 

これはセローの場合でも同じ。
流石にセローをナナハンと称する人に出会った事は無いけれど、『ニーハン』と言うさらにクラシカルな古典的表現を披露された事は有る。
書道やってた割りに古典は苦手なのでいまいちその感覚に着いていけないんだけど、この時代に『ニーハン』と言われたらちょっと照れちゃう。
『じすぺけあーる』よりはまだマシと言えなくも無いけれども。
それはちょっとご容赦頂きたいなと、少し前までGSX1300Rに乗ってた私からの切なるお願いだ。

 

で、セロー。
私の乗るセローは、まだ世間では『ニーハン』なんて言葉が跋扈してた時代のバイク。
そんなクラシカルな時代のバイク。
最新のパソコンがこんな形だった時代に初お披露目されたバイクだ。
https://pc.watch.impress.co.jp/img/pcw/docs/1200/221/html/17_o.jpg.html

あ、そう言えば西宮市を代表する伝説のバイク用品店、UASは無くなったっぽい。

ここはPC98屋なのか、それともバイク屋なのか?
あまりにスパルタンな外装に、バイクワールドしか知らない今時の坊やはドン引きする事請け合いだけど、中は割りと普通。
内装もラインナップも少々クラシカルだけど、意外とラジアルポンプとかも有ったような気がする。
ちなみに私は、知り合いから頼まれたBELLだったかKIWIだったかの、オバQみたいな形の大昔のヘルメットを買いに行った。
撮影に使うとかって、なんかそんな小道具を。

 

ともかく最終型の5MPなので、1983年当時の形では無いけれど、でもまぁ基本的には大して変わらない。
クラシカルな225cc、正確には223ccなのでクラシックバイクなのだけど『ニーハン』と呼ばれるとちょっと困ってしまう。

それに何より、セローは250ccでは無い、と言う大きな問題を孕んでいる。
これが250ccの新型が出る前なら....
新型と言っても15年も前の話なんだけど、ともかくセロー250が出る前ならそれでも良かったんだけどね。
中々困ったもんだ。

だから
「はい、250ccです」
と答えるのはちょっと問題有る。

「いいえ、225ccです。正確には223ccです。ニーはんでは無くニニさんです」
と早口で答えるのもそれはそれで問題が有る。
どれだけ面倒くさい人間やねんって感じだ。

だから、まぁそっとしておいて欲しいなと、そう願うばかりだ。
どう聞かれても、どう答えるのも、それはそれで困ってしまうのだから。

 

「これはナナハンですか」

下敷きに成りかけながら必死にZZR1400を引っこ抜いてる時に、そう声を掛けられた私はほんの一瞬の間に、かの宇宙刑事ですらコンバットスーツを蒸着しきれてない、まだ大事な所をボロンと放り出したままカバーし切れてない、そんな極めて短いほんの一瞬に脳をフル回転させた。
どう答えるのがベストなのか?
どう返答するのが最適解なのか?
私は脳をフル回転させた。
アプリケーションを起動する度にフロッピーディスクをジャッコジャッコ回転させてたPC98のように。

 

結局

「ええ、まぁ」
と、そんな生返事をしてしまった自分自身が悔やまれて成らない。
そんな春の一こま。

 

MOTOR CYCLE

Posted by tommy